アタカマ砂漠との一体感
高地の果てに現れたオアシスへ
長い時をかけて生まれた砂漠。地球が静かに、しかし、確かに生きていることを示す証である。古のアンデスの民が大切に守ってきたアタカマ砂漠は、変わらぬ姿で旅人を迎え、等しく癒しを与えてくれる。
砂漠は、虚無を漂わせながらも抗いがたい魅力に満ちている。豊かさとは無縁に見える砂漠に、人はなぜ惹きつけられるのだろうか。ごつごつとした岩やひび割れた大地、涸れ川が延々と続く、不毛の地としか形容のしようのない場所に。チリ北部のアタカマ砂漠は、アンデス山脈と海岸沿いの山地に挟まれた南北に細長く、世界で2番目に大きな砂漠である。年間降水量が40mm に達しない乾ききった地でありながら、チリの富士とも称えられる流麗な成層火山リカンカブールや、一つ一つ異なる姿を見せる幾つもの塩湖、地上で見られる最高の星空など、その素晴らしさは砂漠界随一と言っていい。当地でインカ帝国やアンデスの民の文化を継承し、アタカマ砂漠のダイナミックな世界観を体現するのが、「ナヤラ・アルト・アタカマ」だ。標高2500m、広大な砂漠の真ん中、サン・ペドロ川のほど近くに佇むロッジは、カクタスなど緑の植物に守られたまさにオアシス。土地伝統のレンガとテラコッタで造られた平屋の建物は、砂漠という環境に完全に同化していることを物語る。多くのホテルが観光拠点の街サン・ペドロ・デ・アタカマにあるが、ここには街の喧騒も届かない。しかし、孤絶をひたすら追求するのではなく、スパでは時を忘れるリラクゼーションを、レストランでは滋味溢れる美食を、バーでは最先端のミクソロジーを堪能できる。地球で最も乾いた大地の醍醐味と愉楽のひと時を一度に味わう旅はここから始まるのだ。
インカの民の彷徨を想う
岩山の懐に潜むグレートジャーニーを
探して
砂漠のロッジ「ナヤラ・アルト・アタカマ」は、赤土の岩に背後を守られるようにひっそりと佇む。あたかも砂漠の動物が身を横たえ、ひとときの休息を味わうかのように。どこからか聞こえてくるのは、裏手に流れるサン・ペドロ川のせせらぎだろうか。乾いた空気の中に微かな水音が紛れ込み、旅の心を潤していく。建物の内部もまたレンガとテラコッタの温かみのある質感が全体をまとめている。
当地伝統の織物がクッションやタペストリーに使われているのだが、抑えた色調でありながら空間に絶妙のアクセントを与えていることに唸らされる。装飾品らしいものはわずかに地元の工芸品のみ、しかし、簡素に見えないどころか、返って豊かで贅沢な気持ちにさせられるのだ。そして、外に目を移すと、砂漠の植物と土が織りなす庭が広がる。アタカマ砂漠の成り立ち、自然の不思議を凝縮させた見事な庭園だ。その庭園を眺めながらのスパがまた至高の贅を味わわせてくれる。
施設の中央にあるスパ「プーリ」は、現地の言葉で“水”を表すとおり、水を効果的に用いるスタイル。ちなみにスパだけでなくロッジで使われる水は全て自前のシステムにより徹底してリサイクルされる。地元のオーガニック・コスメを使ったトリートメントでリフレッシュした後は、部屋のテラスでリラクゼーションタイム。テラスからソルト・マウンテンに沈む夕日が望めるタイミングなら最高である。ミネラルを含んだ岩山は赤い光を浴びて独特の色を放つ。言葉に尽くせない美しい光景はいつまでも忘れ得ぬ思い出となるだろう。
Suite
スイートルーム・カテゴリの「ティーロ」は、現地の言葉で ラグーン を意味する。70㎡の空間には、ゆったりとしたベッドルームのほか開放的なプライベートテラスがあるのが特徴だ。ナラヤ・アルト・アタカマで飼育されているリャマが時々テラスのすぐ傍まで寄ってきて、愛嬌を振りまく姿には思わず笑みがこぼれる。
しかしこのテラスの白眉は、砂漠の向こうに広がるソルト・マウンテン山脈やアンデスの山々を我が物のように見渡せること。一日のいつでもダイナミックな景色が望めるが、なんと言ってもサンセットが素晴らしい。
お供にはチリのワインを。果実の凝縮した風味を味わいながら薄桃色から紫へと移り変わる空を眺めるのは至福の時だ。すっかり日が暮れて星が瞬く頃なら、パティオのアウトドア・シャワーを楽しもう。
湿度が極めて低い砂漠の空は澄んで、夜はそれこそ降るような星空となる。あたかも星を浴びるようなシャワータイム、アタカマ砂漠ならではの贅沢なひと時だ。
Spa
スパ「プーリ」はナヤラ・アルト・アタカマ・ステイのハイライトの一つ。アウトドアで受けるマッサージやトリートメントはこの上なく開放感に満ちている。トリートメントは火、水、土、空気の4つのタイプがあり、いずれも地元伝統のメソッドに基づく。体内循環を整えるなら水、ヒーリングなら土といったようにカテゴライズされ、さらに求める効能ごとにさまざまな施術が用意されている。
そのほか、ウェットサウナとドライサウナ、ミネラルバス、そして、プライベート感覚で使用できるプールが6つある。砂漠の岩に囲まれてゆったりと水に浸れば、体の芯から強張りが解け、全身がリフレッシュするのを感じられるだろう。スパタイムの締めくくりは「プーリ・バー」でフレッシュジュースやカクテルを。リラックスや疲労回復などに効果があるオリジナルジュースは是非試したい。
アンデスの敬愛に満ちた、郷土料理最上の進化形
チリ北部の内陸では、古来、野菜と穀類中心の食文化が育まれてきた。トウモロコシと小麦を中心に、根菜やさまざまな野草を使うのが特徴。素朴だが地味深く、味わうほどに体が浄化されていくような滋養に富んだ料理だ。ナヤラ・アルト・アタカマはそんな伝統の食を大切にしている。アルゼンチン出身のシェフは、郷土料理にインターナショナルな感覚を取り込み、ソフィスティケートされたプレゼンテーションをまとった新感覚のチリ・キュイジーヌを展開する。
もう一つ、シェフが大切にしているのは、“ゼロ・キロメートル”、すなわち地元の素材を積極的に使うことだ。カーボンフットプリントの注目度がますます上がっていることも背景にあるが、そもそも地元の生産者とのダイレクトな繋がりを大切にしているからこその、ごく自然な姿勢でもある。
結果としてメニューには旬の素材をふんだんに使った料理が並び、選ぶのに迷うほどだが、それがまた楽しい。ヴィーガン向けのメニューも充実しており、動物由来の食材を全く使っていないにも関わらず、個々の皿は驚くほどに満足度が高い。さらに忘れてはならないのがワインだ。少量生産のレアなチリワインを取り揃えているのが嬉しい。スペシャルな1本を吟味して選び出すも良し、あるいは、ソムリエが料理に合わせて考え抜いたペアリングを試すも良し。砂漠の中の美食の楽園に心ゆくまで遊びたい。
H a p p i e r ,H e a lt h i e r ,
B e t t e r
伝統料理のエンパナーダ。パン生地で具を包んで焼いたものだ。カニとチーズのエンパナーダには、スパイシーなソース、チャンチョ・エン・ピエドラがよく合う。
甘みたっぷりの蒸し野菜に自家菜園で栽培したかぼちゃのクリームを合わせた一皿。チリの大地の恵みを堪能できるベジタリアンのメインディッシュの一つである。
新鮮なフルーツをたっぷり使ったソルベはぜひ味わいたい。赤いベリーのミックスソルベにブルーベリーソースのコンビネーション。爽やかな余韻を楽しみたい。
甘みたっぷりの蒸し野菜に自家菜園で栽培したかぼちゃのクリームを合わせた一皿。チリの大地の恵みを堪能できるベジタリアンのメインディッシュの一つである。
アボカドとポテトピュレを合わせた鴨のコンフィ。じっくりと揚げるように焼き上げた鴨は実に柔らかくジューシー。骨格のしっかりした赤ワインと合わせたい。
レンズ豆とマッシュルームを煮込んだラグーは、素朴ながらも旨味がじんわりと広がる伝統料理。ほうれん草の鮮やかな緑が目にも嬉しい、心身を労わる一品となっている。
昨今、南米のカカオ栽培は希少種の復活が進んでいる。フルーティで苦味のないカカオの美味しさを味わうならジェラートが良い。華やかな香りが夢見心地な気分を誘う。
ニッケイと呼ばれる日本や中国の影響を受けた食文化があるのも南米の面白さ。スパイシーな牛肉を包んだ春巻のチリソース添えは、どこか懐かしい味わいだ。
肉厚で旨味の濃いタコは、グリルで味わうのがチリの伝統。香ばしい香りに食欲が刺激される。添えられたサワークリームをたっぷりつけて、ワイルドに楽しみたい。
ガラス張りのワインセラーの傍らにゆったりとテーブルが配置された屋内のダイニングで食事を楽しむのも良いが、オープンエアのテラス席の心地良さは筆舌に尽くしがたい。自然が作り出した岩山の造形美を眺め、さらりと乾いた空気を感じながら、ワインと丹精された料理をじっくりと味わう。
これほどのパーフェクトな体験はなかなかあるものではない。また、レストランにはバーも併設されており、ワインやオリジナルのカクテルを軽食とともにいつでも楽しめる。あるいはプールサイドでちょっとしたピクニックランチはどうだろう。季節の果物をたっぷり使ったフレッシュジュースと野菜のサンドイッチを味わいながらオアシス気分を満喫するのも悪くない。
地球にときめく探検が
ここにある
サハラ砂漠に次いで世界で2番目という規模を誇るアタカマ砂漠は標高の高さも相まって唯一無二の姿をそこかしこに見せる。それは想像を絶する自然の威力。
ダイナミックで神秘的な地球のパワーの発露だ。
Picnic lunch
砂漠のピクニックランチ。想像するだけでも心が踊る。富士山のように美しい姿のリカンカブール山を眺める平原で、あるいは塩の結晶が水晶のように煌めく塩湖のほとりで。フラミンゴの群れを観察しながらのランチも良い。絶景に詳しいスタッフがベストポジションにテーブルをセットしてくれる。遮るものが何もない澄んだ青空の下での砂漠を独り占めしたかのようなランチ、ぜひ体験したい。
Stargazine
雨が降らず、海の影響もないアタカマ砂漠は地球上で最も空気が澄んでいる。しかも一年のほとんどが快晴とあれば天体観測には最適、故に世界中の天文台が砂漠の各所に設置されている。ナヤラ・アルト・アタカマは独自の天体望遠鏡をロッジのすぐ近くの丘に所有し、ゲストだけがその天体ショーを楽しめる。専門知識に長けたガイドによる星と天文学の歴史解説も満天の星空観察に深みを添える。
Valley of the Moon
内陸のアンデス山脈と海側のドメイコ山脈に挟まれて隆起し風の侵食が作り上げた岩山と干上がった塩湖が織りなす月の谷。酸素を感じさせない寂寥の景色を月面に見立てた昔日の人々の思いが伝わる、不思議な場所だ。ロッジからは20kmほどの距離で、高度もさほど厳しくない。いつでもドラマチックな景観が楽しめるが、岩山の向こうに沈む夕日と昏れなずむ空が望める日没時は殊に良い。
Tatio geyser
ロッジから100km程北、標高4320mのタティオ間欠泉は、地球上で最も高いところにある間欠泉の一つとして知られる。タティオとは現地の言葉で「涙する老人」の意。荒涼とした大地に蒸気が吹き出る様子が太古の地球を思わせるからだろう。早朝に出発し、朝日が上る頃に到着する。空気は非常に薄く、凍えるほどの極寒だが、すぐ近くにマグマがあることを思うとそのパワーに圧倒される。
Mural Painting
南米にはナスカの地上絵のように、描くことで何かを伝えようとする文明が存在した。アタカマ砂漠にも地上絵ほど巨大ではないが、およそ3000年前から1500年前までに描かれたという、岩に刻まれた絵が各地に遺っている。ロッジから40kmほど南西へ車で行き、そこからは徒歩で平原を進むと岩絵にたどり着く。プリミティブで謎に満ちた図は、忘れていたロマンを呼び覚ましてくれる。
Salar de Atacama
アタカマ塩湖は、サン・ペドロ・デ・アタカマの南に広がる、岩塩が白く浮き上がった一帯で、ボリビアのウユニ湖に次いで世界で2番目に大きな塩湖である。湖といえど大部分が干上がっており、所々に水が残っているという方が正しい。そんな”湖”の一つ、ラグーナ・チャクサはフラミンゴが生息する自然保護区だ。朝焼けの光に浮かぶフラミンゴとリカンカブール山、天国もかくやと思わせる美しい景色だ。
Wildflower
世界でも最も雨が少ないアタカマ砂漠でも植物は生きているが、通常は枯れ野にしか見えない。しかし、数年に一度、花が咲き乱れることがある。パタ・デ・グアナコ、つまりグアナコの足というアタカマ砂漠に生きる多肉植物は、エルニーニョ現象が出現する年にだけ一斉に花を咲かせるのだ。しかしその期間はわずか10日間ほどと非常に限られている。もし出会えたらまさに奇跡、絶景中の絶景である。